「浜澤? 浜澤幸弥だろ?」
 突然名前を呼ばれた。間違いなく私が呼ばれている。店員じゃない? 恐る恐る振り返ったらそこには若い男が二人立っていた。
「やっぱりそうだ。一瞬別人かと思って焦ったじゃん」
 笑って話すその人と、その後ろで顔を横に向けている人の顔にはどこか見覚えがあった。刹那、頭に名前が二つ浮かんだが、まさかそんなはずがないと否定する。そんな漫画みたいなことがあるはずが…。
「あれ? 覚えてない? 小学校で同じクラスだった田坂と大藤だけど」
「覚えてねぇよ。8年も前だぞ。お前今眼鏡掛けてないし」
 即座に肯定されてしまった。
 そう。この二人はかつてのクラスメイト。共に教室で廊下で校庭で騒ぎ合った人たちだ。加えて言えば笑顔の男・田坂は父親同士が同じ会社、口の悪くなった大藤は初恋の人、と記憶によく残っているはずの人たちである。
「覚えてるよ。ちょっと昔とイメージが違くてすぐに結びつかなかっただけ」
「かっこよくなったからな」
「浜澤はあんまし変わってないね。安心した」
「どういう意味? しかも自分でかっこいい言うなっ」
 昔のような会話が続く。良かった。背が高くなって髪型や話し方が変わっても、それは外見だけみたい。二人とも相変わらず話しやすくて、安心したのはこちらの方だ。
 他の人の迷惑にならないように店の外に出る。自転車置き場の隣にベンチが置いてあったので、そこに座った。日がだいぶ傾いて、風が出てきたようだ。
 暗くなり始めた空の下、綺麗な夕焼けを見ながら近況報告をする。話は東京までネタに上り、尽きそうもない。
「あ、俺そろそろ帰るわ。夜にばあちゃんの家行くから」
 腕時計を見て田坂が立ち上がった。その様子を見て、自分も本来の目的を思い出す。
 スーパーの明かりで、周りの暗さに気付かなかった。もう、陽が沈んでしまっている。母親はどうしたことだと困っているに違いない。
「お前歩き? しょうがねぇから送ってやる。チャリの後ろに乗れよ」
 顔色を変えた私に、大藤が声を掛ける。悩むことなくうなずく。その間に自転車を取ってきた田坂は笑顔で手を振りながら帰っていった。
「あいつ、不気味なほど笑顔だな」
「ホントに変わんないよねぇ」
 二人でひとしきり笑った後、大藤も自転車を取りに行った。彼が連れてきたのは、何処にでもある普通の自転車。
 駕籠に買い物袋を入れ、自転車の後ろに乗る。その途端に大藤が自転車をこぎだした。安定を崩した私は思わず前にいる大藤に抱きついてしまう。
 心臓が突然早打ちをし始める。そこから上が熱い。首の上に乗った顔が特に。
 買い物の後で見たあの星占いが頭をよぎった。そんなはずない。だって、戻す寄りなんて何もない。自分は、思いを告げることすらしていないのに。
 こんなにどきどきするのは、こいつが珍しく送るなんて優しいことするからだ…。
 そう自分に言い聞かせて何とか落ち着こうとする。道案内する声がいつもと変わらないように努める。
「いつも、こんなに女の子に優しいの? 大藤がそういうことするタイプだとは思わなかったなぁ」
「勝手に言ってろ。俺も大人になったんだよ」
「へぇ。大人ってチャリで女の子を送るんだ」
「降りろ、てめぇ」
「い・や」
 ふざけている間に祖母の家に着いてしまった。何となく別れるタイミングを失って、自転車を降りてもおしゃべりを続ける。連絡先ぐらいは聞いてもいいかな?
「そういえば、こっちに帰ってどっかに行ったか?」
 訪ねようとした瞬間、話しかけられる。言おうとしていた言葉が詰まってすぐに答えられない。
「…どこにも。駅前に新しくできたテーマパークに行きたかったんだけど、高そうだしね」
「あそこ高いぞ。まぁ、そこそこ楽しいけどな。夜なら安くなるし」
「本当に? …じゃぁ、これから行こうよ」
 半分無意識で話していた。すぐに正気に戻り、言ったことの意味に気が付く。背中に冷や汗が流れた。
「これから?」
 驚いて、大藤がこちらを見る。
「俺はいいけど、お前足は?」
「これ。よろしくーっ」
 彼の自転車を指さして『足』を示す。逃げられないようにすかさず鍵を抜く。言ってしまえば後はノリで行くしかないだろう。そう覚悟を決めた。
「親に言ってくる。ちょっと待っててねっ」
 大藤を残して家の中に入る。ずっと外にいたので、もう廊下も寒いとは感じない。体の方が冷えているのだ。居間に入ると暖かくて、体温がぐんっと上がる気がした。
 母親に買い物袋を渡し、小言を受け流す。これから遊びに行くことを告げるとさらに小言が聞こえた。外で友達が待っているから、と言い訳をして部屋を出る。
 そのまま外に出ると、昼間とはうって変わって空気をとても冷たく感じる。はぁ、と吐いた息が白くなる。門で待っている大藤のところに寒さと楽しさのために走り寄った。
「本当に行くのか?」
「行く」
 一言答えて鍵を開ける。自転車に乗って、今度は自分から大藤の首に手を回す。この方が暖かい。10分足らずで目的地に着いてしまうけれど、それまでこのままで…。

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