とても静かだった。時折窓の外から、家の隣を走る車の音や人の話し声がする他は何も聞こえない。正月だというのに。いや、正月だからだろうか。
 廊下を隔てた隣の部屋からも、先程まで聞こえていたテレビの音がしていない。
 あれ? みんな寝ちゃったのかな。
 ふと気付いて読みかけの本から目を離す。
 気持ち遅めの昼食の後、板の間に置いてあった揺り椅子に腰掛けて、日溜まりの中、小説を読みだしてもうどのくらいになるのだろう。
 体は日の光で暖かいが、足下と指先がかなり冷えきっている。多分かなりの時間が経っているのだ。
 コタツに入って暖まろうっと。
そう思って、本を片手に揺り椅子から立ち上がった。
 和室を通って廊下に出る。とても寒かった。今まで日の当たる場所にいたので、なおさらそう感じてしまう。
 床が、冷えた足先よりもさらに冷たくて、思わず身震いした。
 居間に入ると、ドアの音に振り返った母と目があった。
「どうしたの?」
「向こうの部屋だと足が冷えるから。こっちで本、読もうかと思って」
「そう」
 一言言って、母は目を落とす。手元には雑誌。道理でテレビが消えているわけだ。
 部屋の中は、ほかに祖母と叔父、それに父が居たが、みんなコタツで寝ていた。
 コタツに隙間を見つけて座り、読みかけの本を開く。足元が暖かくなる頃には、また静けさが戻ってきていた。
 毎年、年末になると我が家は祖母の家にやって来る。東京に引っ越してからの恒例行事だ。ここで生まれ育った母と私にとっても、長く生活していた父にとっても、ここは大切な『還る』場所である。大晦日まで掃除をし、年が明けると友達に会いに行く。友達の都合が合わない時は、こんな風に家でのんびりと過ごす。忙しい毎日の生活から離れるという意味でも、この時期ここに来るのは良いことかもしれなかった。
 静かな読書の時間は、母の言葉で終わった。
「幸弥。買い物行ってきてよ」
 いつの間にか母は雑誌を読み終わって、夕飯の支度を始めていた。もうそんな時間になっていたのか。
 時計をみると4時だった。まだ少し早い。
「まだ良いでしょ。今良いところなのに…」
「すぐに日が暮れるわ。少しは動きなさい」
 確かにその通り。今日はまだたいして動いていない。仕方なく、本を閉じた。
 財布と、買う物のメモを持って家を出る。相当な寒さを覚悟していたけど、そうでもなかった。北風が吹いていないからだ。自転車か車でスーパーに行くつもりだったけれど、歩いて行っても良いかもしれない。
 そういえば、風の音聞こえなかったなぁ。
揺り椅子での読書を思い出し、納得して歩きだした。
 家の前の車通りの多くない道から国道に出ると、少し傾いた太陽に向かって歩くようになる。ちょっと眩しかったりもするが、手をかざして歩くのはさすがに恥ずかしい。まぁ、少しの辛抱だからとそのままで歩く。
 この辺りは見慣れた景色が続いている。病院とその向かいの本屋、喫茶店やCDショップ、それから車のショールーム、ゴルフの専門店…変わらない町並みが残っている。
 そういえば、この辺りって中学校の学区のはずれなんだよね。誰か知った人に会うかもしれない。
 変な格好をしてないか何気なく確かめてしまった。それから、あるわけないと首を横に振る。
 懐かしい場所に来ると何故だか誰かに会うような錯覚を起こしてしまう。想像力が豊かなのか、それとも先程まで読んでいた恋愛小説の影響なのか。
 正月でもスーパーは開いているものだ。店の中に入ったとたんにそう思った。いつもと変わらない賑やかさ。客も思っていたより多い。店内をながれる音楽さえ、普段と同じものがかかっている。
 ただ天井からぶら下がっている紅白の幕と入り口の門松だけが、今日が祭日だと主張しているようだ。
 頼まれていた買い物を手早く済ませ、品物を袋に入れる。顔を上げたら、目の前には雑誌のコーナー。客の心を見透かしているような配置だと感心しつつ、私の足もそこに向いていた。 
 目に留まったファッション雑誌を手に取る。パラパラとめくったら星占いのページがあった。
 何もすることがないと、こういう占い関係を読んでしまう。なかなかな暇つぶしだと思うのだけど、友人の反応は今ひとつ。
《恋愛運・・・上々。かつての恋人と寄りが戻るかも。健康運・・・赤信号。気温の変化に注意して。ラッキーカラーは・・・》
 静かに雑誌をラックに戻す。今のは少し大人向けだったみたい。
「どうせ、彼氏いない歴20年ですよっ」
 誰にも聞こえないようにつぶやき、寂しくなった心を癒そうと漫画雑誌に手を伸ばす。
 その時。
 トンッ。
 急に肩を叩かれた。驚いて、もう少しで雑誌を落としそうになる。店員だろうか? 立ち読みしてたから? 思考回路をフルに使って次の行動を考える。やっぱり走って逃げようかしら。

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