「それで?」
「あんまり綺麗だから持って帰っちゃったんだけど。それからね、願い事がたくさん叶ったのよ」
「欲望深い小学生だな」
「違うってば。物欲じゃないの。ほんのささやかな願い事ばかりなんだよ」
「ふ〜ん」
 イメージが掴めないのか、隣でトオルはそう言っただけ。でも話を聞く気にはなってるらしい。
 ほんのささやかな願い。それでも小学生の私にとっては大きなことだった。
(遠足の日、晴れたらいいな)
(明日の体育の鉄棒ヤだな、雨降らないかな)
(あ〜服汚しちゃった。お母さん、あんまり怒らないといいな)
(友達としたケンカ、早く仲直りしなくちゃ…)
 ペン立て替わりのコップに差した真っ白な羽根が窓からの光できらきら光っている机を前に、ただぼんやりと考えていた小さな小さな願い。
「そんなこと考えてたらさ、ホントに晴れたり都合良く雨降ったり、すぐに仲直りできたりしたんだよね」
「たまたまじゃない?」
「私もそう思ったんだけど。でもね、しばらくしてその羽根なくなっちゃってさ。それ以来同じように考えてても叶ったり叶わなかったりなんだよ」
「だからたまたまなんだよ、きっと」
 なんだ、とまた勢いを吹き返したトオルの声が聞こえた。自分の中でただの羽根だと結論付けしたようだった。ホントこの人むかつくわ。
 もしかして、と思った時から小学生の私は羽根に向かって祈るようになった。どこで覚えたのか丁寧に手まで合わせて。何かが欲しい、という願い事はちっとも叶わないくせに、ささやかなことだけ魔法にかかったように考えたとおりになった。
 そんな日がしばらく続いてそのうち羽根があることが自然になってしまった頃、真っ白な羽根は突然姿を消してしまった。気が付くと無くなっていた羽根を、次の遊ぶものを見つけて放っていた私は大泣きして探しまわったのだ。きっと窓を開けた時に外に飛んで行ったのよ、と宥める母の声も聞かずに。
「あれだけ世話になったのにねえ。子供ってすぐ飽きて次のものに行くから」
「って言うか、まだ天使の羽根だと思ってたのか?」
「うるさいなあ。純粋に信じてたの、あの頃は」
「純粋、ねえ」
「何か文句あるの?」
 トオルと軽口を言い合っている今は少し見方が変わっている。
 天使の羽根は気の持ちようなのだと思う。天気はたまたまとして。ってトオルの言葉受け入れてる私も腹立たしいけど。
 友達とケンカをして、家に帰って羽根の前で反省する。仲直りできますように、と祈ったんだから大丈夫と友達に会いに行けば、子供のケンカだからすぐに仲直りできるのだ。
「だからね、そういう前向きな気分にさせてくれる、て意味で天使の羽根なのよ。…ちょっと。人の話聞いてるの?」
 すれ違った、私より多少美人な女の人を振り返って目で追っているトオルの脇を小突く。もうすっかり羽根のことなんて頭から離れてるみたい。アンタ、自分の彼女の珍しく真面目な話なんだから、ちゃんと聞きなさいよ。
 私は横のトオルを放って、右手に持っていた真っ白な羽根を肩からかけているカバンの中の手帳の間にそっと挟んだ。
「なんだ。それ持って帰るんだ」
 私の動作を見て、また少し興味が戻ってきたようだ。天使の羽根だとは信じてくれないみたいだけど。
「うん。今度は無くさないようにしないとね」
 そう言って一度大事に手帳ごと両手で包んで、それからカバンに。心持ちカバンを優しく扱いたくなった。
 二人でふらりと歩いてきた道は、いつも立ち寄る小さな喫茶店に続いていた。
「マスターのところに寄って行くか」
「そうだね。あ、マスターにもこれ見せてあげよう」
「…やめとけ」
 私たちはもう一度手を繋いで、喫茶店に向かって歩き出した。

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