道端で、白い白い羽根を見つけた。
「何だそれ?」
しゃがんで拾い上げた私の隣で、トオルが味気ない声をあげる。
それは何処にでも落ちてるような羽根。鳥が羽ばたきをした勢いで抜けてしまったのか、猫と争った勲章なのか。
でもそれは、まるで今さっき落ちてきたみたいにどこも汚れていなくて、ホントに真っ白で綺麗な羽根。
そして。私にはある確信があった。
「間違いないよ」
「何が?」
「これよ、これ。天使の羽根だよ。絶対」
私の確信に満ちた声とは裏腹に、トオルはじとーっと疑いの目をこちらに向けた。白昼道のど真ん中で寝ぼけてんのか、とでも言いたそうな目。何さ、アンタ自分の彼女の言う事が信じられないの?
白い羽根片手に真面目に天使の羽根だと言い張る私はカオリという名前。別に乙女チックな幻想を抱いてるわけでも、頭の中が子供というわけでもない、フツーの女子大生。
ついでに、隣でまだ信じてくれないのは彼氏のトオル。付き合って2年目、お互い意識もせずに過ごせるイイ関係。たぶん。私はそう思ってる。
そこらを歩く世の中のカップルと同じように、講義の終わった夕方のちょっと手前の時間にのんびりと街中を歩いていた私たち。さわさわと気持ちいい風に吹かれて、青春真っ只中ってカンジなんだけど。
ひとつの羽根の為に雲行きが怪しくなりかけてるみたい。
「マジで言ってんの? オマエがそういうこと言うヤツだとは思わなかったぞ」
「違うって。ホントなんだよ。昔これと同じの持ってたんだから!」
分かって貰えないイラダチで、私は少し口調を荒らげた。少しくらい信じてくれたっていいじゃない。
「ふ〜ん。ちょっと貸して」
信じる気がまるでないトオルは、そう言って私から白い羽根を奪った。
羽根の根元を親指と人差し指で摘む。それから自分の目の前で裏表をくるくる返しながらしばらく羽根と戯れて、私の目の前に差し出した。
「普通の鳥の羽根じゃん。ま、汚れてはないけどな」
何だか勝ち誇った声。むかつく。夢を見ない男ってつまんないわ、と喉まで出かかった言葉を私は必死で押し留めた。そんなこと言ったらこの人絶対バカにする。
「カオリはどのへんが天使の羽根だと言いたいんだ? 真っ白だから、てのはナシだぞ」
「…真っ白だから」
「……」
口調に嫌味を感じて素気無く答えた私に、トオルは無言のお返しをしてきた。でも、むくれる私を見るアイツの目は明らかにこちらをバカにしている。
悔しいけど、ここは私が大人になるしかないらしい。
「絶対笑わないでね。ホントの話なんだから」
「はいはい」
「絶対よ?」
「分かったよ。何だよ?」
それでも既に笑いを含んだ声で私の顔を覗き込んでくるトオルを置いて、私はふらりと歩きだした。こんな話じっとして話してられるモノじゃないわ。
「ずーっと昔、まだ小学校の頃なんだけど。その羽根と同じ、真っ白な羽根を拾ったの」
すぐに追いついてきたトオルから真っ白な羽根を奪い返す。この人に持たせてたらぽいっとそこらに捨てちゃいそうなんだもの。それに女の私が持つ方がやっぱり似合うでしょう?
奪った羽根の代わりに、トオルは私の左手をとった。そのまま手を繋いで並んで歩き出す。風が吹きぬけて、道の両側の木々がさわさわと鳴った。
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