水気の無い土。生ぬるい風が吹くと土煙が舞う。男はそんな景色をもう何日も見続けていた。
「あっちぃな」
 袖で顔を拭う。乾燥しているので汗はそれほど流れない。しかしじわりと吹き出る汗が誇りまみれの顔を更に不快にしていた。
 足元の、元は青々としていただろう草も土色に変色してこの乾燥に参っているように見える。
 雨期が終わってまだそんなに日付は経っていない。いつもの年なら徐々にしみ出す地下水の恵みを受けて植物が成長しているのに。
 ふう、とため息をついて男はとうとう歩みを止めた。ひょろりと立っている老木の小さな木陰に自分の体を納めた。
 腰にぶら下げていた木製の水筒に口を付ける。乾いた体に水分が心地いい。思い付いたように背もたれにした老木にも水を掛けた。
 照りつける太陽から逃れて、男は目を閉じる。
「ばかなことはおよしよ、栄哲(ヨンチョル)。あんな王の言葉なんか真に受けて…」
 年取った母親の呆れた声が頭の中でこだまする。
 都。華やかな響きを持つその場所は今すっかり荒れていた。遠く離れたこの場所と同じように、都も雨が降らなくて乾燥している。食べ物を得られない貧しい者から命を落としていく。
 そんな中。王から一つのお触れが出た。
『「幸せの花」を見つけだした者には姫を与える。ゆくゆくは王位も与えよう』
 王の道楽だ、と多くの民は思った。金もあり、未だ自由に物を食べることが出来る王。貧しい民に何ら手だてを差し伸べない王。そんな王からはすでに民衆の心が離れていた。
 しかし。生きることに貪欲な若者達は王のその言葉に夢を持った。栄哲もその一人。そして、少しの水と希望を持って家を出たのだった。
 それから一週間。幸せの花どころか、まともに咲いている花にも出会っていない。みな乾燥にやられて枯れかけているのだ。一体何処にどんな時でも咲き続けるという幸せの花があるのだろう。
 木陰の中で、うつらうつらしかけた、その時。栄哲は前に人の気配を感じた。半分寝かけた意識を戻し無理矢理目を開ける。
 目の前にいたのは自分と同じくらいの青年。走ってきたのか肩を上下に動かして全身で息をしている。
「すいません。水、くれませんか?」
 嫌、と言うこともできた。旅人にとっては大事な物だから。栄哲はそれでも中身の少ない水筒を渡した。
「ありがとうございます」
 ごくごくと生ぬるい液体が青年の喉を下っていった。余程喉が渇いていたのだろう。とうとう全部呑んでしまった。
「あっ。ご、ごめんなさい」
「いや、元々少なかったから」
 頭を下げる青年に首を振る。どうせ乾くのは慣れている。日が傾いた頃に歩きだせば、どこかの村の井戸水を拝借できるだろう。
「じゃあ、この水のお礼に良いことを教えてあげますよ。この先の村に幸せの花がありますよ」
「本当か? でも、何故そんなことを俺に?」
「ですからお礼です。僕は興味ないし」
「ああ、それはありがとう」
 良いことを聞いた。これで俺にも運が向いた。栄哲はそう思って青年を見上げる。彼はもう一度お礼を言って又走っていってしまった。後に残った土煙を見ながら、彼は夜の出発を待った。

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