昼休みのにぎやかな時間。
 俺は人の輪に入ることも出来ず、ただじっと皆の声を聞いているしかなかった。
 外は目も覚めるほどの快晴。絶好の行楽日和。その所為か、程よく食欲を満たされた皆の声もいつもよりはしゃいだものだった。
「そういえば、昔から気になっていたんだけど…」
 俺の真正面で、俺の耳が何よりもキャッチしてしまう声が聞こえた。3組の翠ちゃんの声だ。
 さらさらの長い髪を無造作に束ねて、春らしい薄いピンクのセーターを着た彼女は、名前の通り春の似合う、とても爽やかな女の子だ。見かけよりややハスキーな声がその魅力を一層際立たせている。
「非常口ってさ、すっごく気にならない?」
「あ〜分かる!」
「何? 何なの?」
「だからさ、大体立ち入り禁止じゃない。勝手に開けちゃダメだしさ。そう言われると悪戯して開けてみたくなるんだよねえ」
「その先が味気ない階段なのは分かってるんだけどねえ…」
 彼女の友達数人が話に加わった。
 勇気のない俺は、気付かれないように耳だけ彼女の方へ向け、心の中で会話する。
(分かるよ。俺だっていつも気になってるんだ)
 ああ。だけど悲しいほど俺には勇気がない。
「あの扉って、開けたら何か鳴ったりするのかな?」
「非常ベル?」
「え。非常ベルが鳴らないと開かないんじゃないの?」
「えー」
(それはねえだろ)
 一人、窓の外を見ながら俺は呟く。
「だってマンガの中とかでさ、外に出てたりするじゃん」
「あの後実は怒られてました、って?」
 わっと笑い声が廊下に響く。
 なんて爽やかなんだ。廊下の向こう側でむさくるしい野郎共が話しているのとは大違い。ああ、俺もあの中に入りたい…。
「じゃあ今日さ、放課後あの扉を開けてみようよ」
「あ、いいね。どうせなら夜の学校の方がスリルあるんじゃん?」
「それ賛成!」
 俺が一人で苦悶してるうちに、話が面白い方へ進んでいた。楽しそうなアイデアだ。そうだ、俺も勇気を出して…。
「ねえねえ。今夜さあ…」
 来た、と思ったのは一瞬で。彼女達は廊下の向こうにいる野郎共に声をかけたのだった。孤独の風が周囲を舞う俺をよそに、彼らは笑い声をたてている。
 どうして俺はこんなに目立たず、話しかける勇気もないのだろう。男として、これはとても情けないことなのではないだろうか。俺だって話の輪に加わりたいのに…。
 その時、俺の頭の中でとんでもない考えが浮かんだ。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く中、思わずにんやり笑ってしまう。例え他の人からは変に見えたって、このダメな俺を変える大チャンスだ!


「あれ〜? なんかあの非常口のマーク、変じゃない?」
「そう言えば…。あッ 中に人がいない…!」
おわり
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